※本コラムは昔運営していた川口能活ファンサイト(深海)で掲載していたコラムを再掲したものです。一部内容が古い可能性がありますがご了承ください。
GKはチームメイト、監督、そして、周りの人全てとの信頼関係があって初めて本当の力を発揮することができる。逆にいえば、どんなに技術がって、うまいGKであっても、周りとの信頼関係がなければ、いいプレーをすることができない。
98年のフランスワールドカップの前、豪州遠征のオーストラリア戦、ダイナスティカップの緒戦の韓国戦、これらの大事な試合でスタメンで出場したのは楢崎だった。苦しい思いをして、W杯出場を勝ち取った日本。そのアジア予選に唯一フル出場を果たし、もっともW杯出場に貢献している選手の一人であり、日本代表の正GKとしての自信があった川口は、表向きは「サブのGKに経験を積ませるため」と割り切っていても、ショックは隠せなかった。そして、久しぶりにスタメン出場したダイナスティカップの第2戦の香港戦、川口は「もしかしたら、自分が勝ち得ていたと思っていた信頼が失われかけているのかも知れない。なんとしても活躍して信頼を取り戻したい」と少なからず感じていたに違いない。しかし、そんな思いとは裏腹に、香港の攻めはショボくて、川口まであまりボールが届くこともなく、活躍どころではなかった。「このままでは信頼が取り戻せない」と思った川口は、左サイドからのゴロのセンタリングに対し、普通に井原がクリアして問題ないようなシーンで、自分の積極的に前に出るスタイルをアピールする意味もあってか、無理をして飛び出してしまい、そこで痛恨のキャッチミス。そこをつめられ失点してしまった。結果は5-1と快勝したが、チームにとっても、川口にとっても後味の悪いものになってしまった。また、99年のコパ・アメリカでは、第1戦のペルー戦で、楢崎がミスで失点したのを受けて第2戦のパラグアイ戦でスタメン出場。しかし、川口は、また、軽率な飛び出しで、危ないシーンを招いてしまった上に、ノーチャンスとはいえ4失点をくらってしまった。(ちなみに「」内の川口のセリフはあくまで想像)
ここで責任の多くは指揮官にある。ダイナスティカップや、コパ・アメリカのようなGKの起用の仕方はGKにとっては最悪である。緒戦でミスをして、次の試合は他のGKが出たということで、ただでさえ自分のミスから失点して傷ついている楢崎の心にさらに塩をぬることになった。また、川口としても、前の試合の楢崎のミスを見ているだけに、「ミスをしないようにしよう」とか、「楢崎よりいいプレーをしているか・・・」といった邪念がどうしても生まれてしまい、集中力がなくなり、良いプレーができるはずもなかった。監督に信頼されていないと感じてしまうと、信頼されたいという思いが、余計なプレッシャーになって、プレーに悪影響を及ぼしてしまうのだ。
川口はトルシエ監督が就任してからまもなく正GKの座を楢崎に奪われるかっこうになった。「自分に何が足りないのか、楢崎に対して何が劣っているのか」それを何度もトルシエに聞きに行ったという。しかし、そのたびトルシエ監督の答えは「他のGKにも経験を積ませたいから」や「他のGKも試したいから」だったという。その割には、出場していたのは楢崎ばかりだったし、川口の指揮官に対する信頼は薄れていった。何の説明もないサブキーパーとしての扱いに、川口の日本代表正GKとしてのプライドはどんどん傷つけられていった。こんな時期に、川口は横浜Fマリノス前監督、アルディレスに出会えたことを深く感謝しているという。川口が絶大の信頼をおいたこのアルディレス監督の元での川口のパフォーマンスは最高だった。2000年にはシーズンを通して最高レベルのプレーを維持し、見事に1stステージ優勝に貢献した。監督からの信頼を受け、また監督を信頼している、そういった固い信頼関係で結ばれない限り、GKは最高のパフォーマンスをすることはできない。フィールドプレーヤーならば体を動かすことによってある程度忘れられる「プレッシャー」は体を動かすのはボールが来たときだけのほんの一瞬であるGKにとっては最大の敵である。だからこそ、監督はGKを信頼関係で結ばれた、最高の精神状態で送り出してあげなければならない。
また、控えのGKに対しても、控えであることの理由、意味などをしっかりと納得させなくてはならない。川口は2年間絶えぬいた。スペイン戦に向けた合宿やオリンピック前のUAE戦での突然の代表落選・・・何の説明もないサブ宣告。それらの全てを乗り越えて今日本代表の正GKの座に返り咲いた。しかし、誰もが川口のようにどんな状況に追い込まれてもマイペースを崩さないでいられるようなタフな精神力な持ち主であるわけがない。川口が戻ってきたら、今度は楢崎を突然代表から外すというのも、ちょっと信じがたい行為である。フィールドプレーヤーと違い、GKというのは好不調の波というものが少ない。大きな故障をしている場合などは別として、GKに好不調があるとすれば、それは精神的なところからくることが多い。グランパスで失点が続いているからといって、楢崎を代表から落とすことは楢崎をさらにどん底に叩き落とすことに他ならない。また、楢崎の監督への信頼も薄れていってしまう。
川口は現在ポーツマスFCで正GKの座を獲得しつつある。しかし、正GKの座の獲得は移籍前に報道されていたように簡単な話ではなかった。たとえ技術が群を抜いていたとしても、チームメイト、監督との信頼関係が成り立っていない限り試合でいい結果を残すことはできないからだ。しかし、川口は、松永の後任として、横浜マリノスの正GKの座を手に入れたことや、トルシエ監督との経験から信頼関係の大切さを知っている。ポーツマス史上最高の3億の移籍金や、高級マンションやベンツなどが与えられるという超VIP待遇にチームメイトの冷ややかな視線を感じることは当然の結果だった。しかし、それを気にすることなく、練習では慣れない英語で積極的に声を出し、昼飯や夕飯にチームメイトを誘い、積極的にコミュニケーションを計った結果、チーム合流2週間にして早くもみんなの信頼を得ようとしている。川口本人さえも驚いたという移籍3試合目のスタメン出場は、その結果であったといえる。
川口がイングランドで活躍できる実力があるのは間違いない。川口のイングランドでの活躍に必要不可欠なのは、チームメイトや監督、そしてポーツマスサポーターとの信頼関係である。信頼関係は2日や3日で作られるものではないが、川口なら、試合を重ねるごとに、必ずみんなの信頼を得て、ポーツマスFCを代表する選手になれると信じている。