川口能活 | Yoshikatsu Kawaguchi

日本歴代最高のスターGK。マイアミの軌跡、ジョホールバルの歓喜など日本サッカーの歴史におけるハイライトに必ずといっても存在する、僕の永遠のヒーローである川口能活に関して、どこよりも詳しい情報を発信しているページです。

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プロフィール

  • 国籍:日本
  • 誕生日:1975年8月15日
  • 身長/体重:180cm/77kg
  • 所属チーム:引退(横浜マリノス→ポーツマスFC→FCノアシェラン→ジュビロ磐田→FC岐阜→SC相模原)
  • 代表歴:日本代表(1996年~)

主な国際大会

川口能活の名を世の中に轟かせたのは、やはりアトランタオリンピックですね。初戦で世界最強のブラジルを1-0で破った試合は「マイアミの奇跡」といわれ、日本サッカー界のハイライトの一つです。

日本サッカーの歴史上初めてのワールドカップ出場はフランスワールドカップ。その舞台にも、もちろん川口能活の姿がありました。結果は3連敗だったものの、そのプレーは世界にインパクトを残しました。その後、4大会連続でメンバーに選出されており、楢崎正剛と並んで歴代最多となります。アジアカップでも圧倒的なパフォーマンスでアジアでも恐れられる存在でした。

  • 1996年 アトランタオリンピック
  • 1998年 FIFAワールドカップ・フランス大会
  • 2000年 AFCアジアカップ2000 : 優勝
  • 2001年 FIFAコンフェデレーションズカップ2001 : 準優勝
  • 2002年 FIFAワールドカップ・日韓大会
  • 2004年 AFCアジアカップ2004 : 優勝
  • 2005年 FIFAコンフェデレーションズカップ2005
  • 2006年 FIFAワールドカップ・ドイツ大会
  • 2007年 AFCアジアカップ2007 : 4位
  • 2010年 FIFAワールドカップ・南アフリカ大会

国際Aマッチ116試合(歴代5位)

川口能活の現在の活動内容

選手としてのキャリアを終えたあとも、日本サッカー界へ様々な形でかかわり続けている川口能活。JFAに所属して次世代のGKを育成したり、GKコーチとして日本代表の国際大会に帯同する他、その圧倒的な経験や発信力を生かし、さまざまな対外発信活動にも精を出しています。そんな活動を以下の記事にまとめました。

川口能活の現役時代の獲得タイトル

チームタイトル

  • 1995年 Jリーグ (1stステージ)
  • 2001年 リーグカップ(ナビスコカップ)
  • 2000年 AFCアジアカップ
  • 2000年 Jリーグ 1stステージ
  • 2002-03 フットボールリーグ・ディヴィジョン1
  • 2004年 AFCアジアカップ
  • 2010年 リーグカップ(ル・ヴァンカップ)

個人タイトル

1995年 新人王
1996年 日本年間最優秀選手賞
2001年 FIFAコンフェデレーションズカップ2001 ベストイレブン
2001年 AFC月間最優秀選手賞 (6月)
2004年 アジアカップ2004 ベストイレブン
2006年 Jリーグベストイレブン
2008年 Jリーグフェアプレー個人賞 (ジュビロ磐田選手では初受賞)
2013年 Jクロニクルベスト ベストイレブン
2019年 Jリーグ功労選手賞

川口能活の出場試合記録

横浜マリノス/横浜Fマリノス

年度背番号リーグリーグ戦リーグ杯天皇杯
1994J000
1995J4102
1996J15130
19971J2202
19981J3401
19991J12862
20001J12853
20011J1257

ポーツマスFC(イングランド)

年度背番号リーグリーグ戦リーグ杯FAカップ
01-0237FLC1101
02-03 29FLC 100
03-04プレミア000

FCノアシェラン(デンマーク)

年度背番号リーグリーグ戦リーグ杯
04-0530SASリーガ81
05-0630SASリーガ00

ジュビロ磐田

年度背番号リーグリーグ戦リーグ杯天皇杯
20051J12913
20061J13431
20071J13231
20081J13310
20091J12640
20101J11741
20111J13431
20121J1201
20131J12111

FC岐阜

年度背番号リーグリーグ戦リーグ杯天皇杯
201422J2370
20151J260

SC相模原

年度背番号リーグリーグ戦リーグ杯天皇杯
201623J319
20171J318
20181J36

川口能活の書籍

川口関連の書籍を紹介します。どれも穴があくくらい読みました。挑戦し続けたサッカー人生だったので、自分自身なんだか停滞しているな、とか苦しいなと思ったときに人生のヒントをもらえる本がそろっています。

川口能活初の著作です。今から思うと引退を踏まえて自身のサッカー人生を振り返っています。記憶に残る華やかな部分と、海外生活や怪我が続いた時期など苦しい時期についての振り返りが印象的です。

DVD付の技術指導本。キャッチングやセービングといった基礎技術からPKストップや1対1の対応など、実践向けの指導も。まだJFAのコーチになる前なので、なんとなくぎこちない指導も味があります。

イングランド、デンマークでの海外挑戦のときの密着本。川口のサッカー人生の中でも苦しい時期でしたがそのときのリアルな苦悩、その中で見出した希望が描かれています。

川口能活のキーパーグローブ

川口はuhlsport、adidas、asicsと契約するグローブブランドを定期的に変更していましたね。デビュー当時から2004年くらいまで、川口が使用していたキーパーグローブをドット絵で再現してみました。

川口能活のユニフォーム

日本、イングランド、デンマークと数多くのチームを渡り歩いた川口。それに加え、長年日本代表の正GKとしても君臨し続けた彼は、着用したユニフォームも数多い。それをドット絵で再現しました。

横浜Fマリノス時代

川口のプロサッカー選手しての第一歩。横浜Fマリノス時代のユニフォーム。

ポーツマスFC

日本人として初めて海外に移籍したGKとなった川口。その最初のチームはイングランド1部のポーツマスFCした。

FCノアシェラン

川口の海外の2チーム目はデンマーク1部リーグのFCノアシェランでした。

ジュビロ磐田

2005年に海外での挑戦をいったん終え、ジュビロ磐田に移籍。地元静岡に帰ってきました。

FC岐阜

ジュビロ磐田を契約解除となり、ラモス瑠偉監督のもとJ2FC岐阜で新たな挑戦。

出典:https://gol-deportes.com/2015/01/26/fcgifu2015/

SC相模原

川口能活の現役最後にチームはJ3のSC相模原でした。高校時代の先輩でもあり、日本代表でも一緒に戦った望月さんがオーナーを務めるチームで数多くのものを残しました。

出典:https://qoly.jp/2017/12/29/sc-sagamihara-2018-gol-kit-oks-1

日本代表

おまけ

高校時代、練習のユニフォームもおまけで描きました。

川口能活コラム

昔、深海~川口能活ファンサイト~というサイトをやっていた頃のコラムの再掲です。2000年~2006年頃のものなので内容に古い点があるのはご了承ください。ひどい内容もありますが、とにかく川口能活というGKが好きだったんだなというのが伝わる文章です。ここまでファンを熱狂させることができるGKは他にいない。

川口能活の名言

20年経った今でも色褪せない。川口能活が自分のGK人生に真剣に向き合って、苦しみながらも語った言葉はいつも僕らの心をつかんで離しませんでした。雑誌は捨てられなくて全部残っているから、随時追加していきたいです。

川口能活のスーパープレー動画

2000年アジアカップ決勝 サウジアラビア戦

川口能活自身が自身のベストゲームの1つに挙げる試合がこの2000年のアジアカップ決勝。鬼のようなセーブを連発し1-0での勝利に貢献しました。次の記事で、当時の興奮を思い出しながら書きました。

2004年アジアカップ ヨルダン戦のPKストップ

2004年アジアカップの準々決勝で伝説を作った試合。日本が2人連続失敗。ヨルダンは3人連続成功。3人ずつ蹴り終わって1-3と絶対絶命の状態からの逆転勝利!こんなに興奮した試合はない。この試合が2004年7月31日。東京五輪で谷晃生がニュージーランド相手にPKストップしたのが2021年7月31日とちょうど17年後だったことも話題になりましたね。

アトランタ五輪、マイアミの奇跡と呼ばれるブラジル戦

川口能活の名を世に轟かせたアトランタ五輪。ロナウド、ロベカルといった当時のスター選手が次々とゴールに襲いかかる中、ゴールを完全にシャットアウト。後半には相手DFとGKの連係ミスを突いた伊東のゴールが決まり、1-0で歴史的な勝利!!

川口のヘディングシュート!が惜しくもポストを叩く(1995年Jリーグ)

1995年の1stステージ。優勝がかかった試合、1-2でリードされて迎えたロスタイムにゴール前にあがる川口が放ったヘディングシュートが。。惜しくもゴールを叩いた貴重な映像。

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