コラム

バックパス - 2002.9.30

  ※本コラムは昔運営していた川口能活ファンサイト(深海)で掲載していたコラムを再掲したものです。一部内容が古い可能性がありますがご了承ください。  

試合中、キーパーへのバックパスがあると、 スタンドからはここぞとばかりにブーイングが起こることが多々ある。 バックパスの何が悪いのか?DFにとって、後ろに控えているのが、 バックパスの処理に不安のあるGKで、パスの選択肢が前方180° のみになってしまうのと、パス方向が360°に広がるのとでは、 どれだけリスクが減ることだろう。 1997年から1999年まで横浜Fマリノスを率いたアスカルゴルタ監督は、 パスコースに困ったら積極的にGKを使うようにという指示を選手に出していたという。 それはもちろん、 それに対応するだけの足技を当時マリノスの正GKであった川口が持っていたからであるが・・・。

GKの仕事はゴールを守ること。 チームでたった一人手を使うことが許されているGKは、 フィールドプレーヤーとは違った特別な使命が与えられている。 が、近年では「11人目のフィールドプレーヤー」 であると言われるようになってきているのを良く耳にすると思う。 10年ほど前まではDFがGKにパスしたボールをキーパーが普通にキャッチする といった今では異様な光景が、ワールドカップでも普通に見ることができた。 しかし、93年のルール改正をきっかけに、GKに関する制約はどんどん厳しくなってきている。 その1つが「GKが味方競技者によって意図的にキックされたボールに手で触れること」 といういわゆるバックパスルールである。このルールが実施されてから、 GKには、フィールドプレーヤーと同じようなトラップ、パス、 ロングキックの技術が求められるようになってきた。

川口は普段から攻撃の起点になりたいと述べている。 それゆえ「守護神」という呼ばれ方を嫌う。 川口のパントキックは前線の選手が受けやすいようにと考えられたバックスピンの回転や、 ライナー性の軌道、また、ほぼピンポイントで味方を狙うことのできるキックの正確性、 どれをとってもほぼ完璧といっていい。 イングランド1部リーグのサッカーは前線にボールを放り込むシーンが多いので、 川口の正確なキックは、相手チームにとっても脅威となっているのではないかと思う。 また、守備から攻撃への素早い切り替えが必要なときはスローイング。 川口のスローイングはJデビューの頃に比べると最も進化した技術の一つではないかと思う。 スローイングは遠くに飛ばそうと思うと、どうしても山なりのボールになってしまうが、 川口は練習によって、ライナー性の球を、 しかもハーフウェイラインを越えるほどの距離を飛ばす技術とパワーを持っている。 また距離だけでなく、味方が受けやすいまっすぐな回転をかけることも忘れない。 日本のであそこまで完璧なスローイングをできるGKは見たことがない。 それからバックパスの処理。右足でも左足でも、 ほぼ同じような正確性で前線へ大きく蹴ることができるし、 また状況に応じてはトラップして、冷静に味方につなぐこともできる。

転がってきたボールを大きく蹴ることや、 トラップして味方につなぐ、ということは、 一見何の変哲もない簡単なプレーに見えるかも知れない。 実際フィールダーに取ってみれば日常茶飯事に行っているプレーだが、 GKにとってそれは少し違う。ダイレクトキックにしても、 ゴール前では万が一他の選手にぶつかって跳ね返されてしまえば即ピンチになってしまうし、 トラップした瞬間に相手FWが突っ込んできてボールを取られてしまったら即失点である。 そういう単純なミスはチームの雰囲気を一瞬で悪くし、勝敗に大きな影響を与える。 MFがパスミス、トラップミスをしても周りのフォローがある場合もあるし、 即失点につながるということはめったにない。 同じように見えるプレーをしていても、 MFにとってのそれとGKにとってのそのプレーは状況が大きく違うのだ。

「絶対にミスすることができない」GKのバックパスの処理にはそんな無言の、 ただしとてつもなく大きなプレッシャーが?老!いつもつきまとっている。 これはゴールを背にしてみなければわからないプレッシャーだと思う。 しかし、バックパスができなくなれば、DFは前線への苦し紛れのパスが増え、 それだけ攻撃の幅が狭まる。つまりチャンスが減る。 ここでGKに一旦ボールを預けられるのと預けられないのとで、 どれだけチームが楽になることか。

勘違いされているのかも知れないが、 バックパスは「逃げ」ではない。 ゴールキーパーがフィールドプレーヤーの役割を果たすことで、 チームが有利に立つことができているのだ。 試合中、バックパスがキーパーに出され、 それをキーパーが無難に処理したときには、ブーイングではなく、 むしろ拍手を贈ってもらいたいものだ。

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