キーパーコーチ – 2001.12.12

キーパーコーチ – 2001.12.12
  ※本コラムは昔運営していた川口能活ファンサイト(深海)で掲載していたコラムを再掲したものです。一部内容が古い可能性がありますがご了承ください。  

日本の中学、高校の部活でGKコーチがいるチームは数える程しかない。そもそもGKはチームのあくまで「11分の1」でしかない。チームを強くするのには、まず、キーパー以外の「11分の10」を強くすることを考えるのが普通である。その考えから、日本では最近まで若い世代の育成を目標に掲げながらも、GKの育成については外国に比べはるかに遅れをとっていた。GKの育成が重要視されていないため、GKコーチを置くチームが少ないのだ。日本代表さえ、オフト監督時代に、ディド・ハーフナーがGKコーチに就任したのが初めてである。

川口は、キーパーコーチを「精神面をコントロールしてくれる大切なパートナー」と言っている。川口が現在の地位に落ち着くまでには、3人のブラジル人のGKコーチに教えを受けている。高校時代、ブラジルで出会い、川口のプレーに惚れ込んで清水商業のGKコーチに就任したエジーニョ。元横浜マリノスのGKコーチであったサンゴイ。そして元オリンピック代表、日本代表GKコーチであるマリオである。GKコーチ存在は、技術面の影響はもちろんであるが、それ以上に精神面の影響が大きい。

中学や高校の部活の3年間で、一番プレーが伸びるのは2年のときであると思う。1年のときは、まずはチームに慣れないといけないし、先輩にも気をつかうし、伸びにくい。ならば、3年時が一番伸びるのではないか、と思うが、実際はそうではないことは、中学、高校のGK経験者であれば誰もが感じていることだと思う。キーパーコーチのいないチームであれば・・・。監督やコーチから練習メニューの指示がでるフィールダーと違って、キーパーは自分達で練習メニューを考え、自分達で練習を行わなくてはいけない。その練習メニューを考えるのは、主に、練習のノウハウを一番よく知っているはずである、最高学年のキーパーの役目である。しかし、練習メニューを考えるというのは容易なことではない。選手はそれぞれ苦手な部分が違うので、キーパー陣全員が満足できるようなメニューを作るのは難しい。当然後輩の悪い部分は修正してあげなければならないし、落ち込んでいたりしたら、積極的に声をかけてあげなければならない。つまり3年生は、選手としてだけでなく、GKコーチとしての仕事も兼ねているので、自分の練習だけに集中することは難しく、伸び率は小さくなってしまう。

また、人間はどうしても厳しいよりは楽な方が好きである。自分ではどんなに限界だと思っていても、そこはまだ限界でない場合が多い。自分で引いた限界の線を超えるには、自分の意志だけでは難しく、他人の力を借りる必要がある。つまり、誰かが目を光らせている、誰かにやらされている、という状況下でなければ、大抵の人は限界の力を出すことができない。1年、2年のときは、先輩が与えてくれた厳しいメニューをただ、必死にこなすだけなので、知らず知らずのうちに自分の限界を超えた力を発揮し、どんどん力が着く。しかし、3年生は自分を監視する目がないため、どうしても自分の作るメニューが、自分の限界の力を超えることはない。この点から考えても、自分でメニューを作らなければいけない3年生がどうしても伸び率が少なくなってしまうのが分かると思う。もし、ここでGKコーチがいてくれたら・・・引退の足音が聞こえてきて一番モチベーションの高いこの時期の伸びは間違いなく1,2年の頃より大きいはずなのに、と考えるともったいないと思わずにはいられない。

GKコーチは精神面での影響が大きいことは冒頭にも述べた。たとえば、GKがフィールダーのシュート練習にキャッチをテーマに臨んでいたとする。「今日は、普段はじいてしまうようなシュートもキャッチに挑戦してみよう」と。しかし、普段取れないようなボールをキャッチしにいくというのは、当然キャッチミスのリスクを負うことになる。そんなことを何も知るわけがないフィールダーはそんなキーパーのキャッチミスを見ると、叱咤の声をキーパーにとばす。その声はキーパーにとっては本当にウザいけど、ミスをしたのは事実なので、文句も言えないという苦しい思いをすることになる。こういうことが続くとストレスになるのはいうまでもない。ここで、もしGKコーチがいてくれたら。GKコーチのように自分達のことを理解してくれる人が一人でもいるだけで、キーパーはこの苦しみから解放される。GKコーチだけは、きちんと自分のテーマに着目した評価をしてくれるので、フィールダーからの声も気にならなくなり、彼らの攻撃的な声に対しても毅然としていられるようになるのだ。

川口がポーツマスFCに移籍する前に所属していた横浜Fマリノスというチームには、川口が移籍するまでGKコーチが存在しなかった。2000年のシーズンから、GKの練習は川口に任されていたという。技術面は日本を代表するGKである川口に任していても問題はないと思う。しかし、問題は、精神面である。川口が調子が悪いとき、不安があるとき、GKコーチのいないこのチームでは修正してくれる人がいなかった。その影響が、2000年のチャンピオンシップに少なからず出てしまったことは否定できないと思う。チャンピオンシップの2戦目、川口は明らかに調子を落としていた。しかし、そんな川口を良い方向に軌道修正してくれる存在はチームにはいなくて、川口はさらに悪いほうへと調子を落としてしまうしかなかった。結果チームは川口のミスが致命的となって負けてしまったが、その責任はGKコーチを置かなかった、チームにもあるといえる。大切なパートナーがいない中、川口は一人で戦わなければいけなかった。そのストレスは計り知れない。しかし、そんな中でも川口は2000年2001年のシーズンを通して、間違いなくJリーグの中でもトップクラスのパフォーマンスを維持していたことには本当に頭が下がる。

GKがコンスタントに力を発揮するためにはGKコーチの存在が欠かせない。それはどのレベルのGKにもあてはまることである。チームにおけるコーチの存在の大切さとともに、GKコーチの大切さを認識して、できるだけ多くのチーム、プロはもちろん、学校レベルのチームにGKコーチが置かれることを願っている。それは必ず日本のサッカーにとって、思っている以上に大きなプラスになると思う。